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札幌高等裁判所 平成元年(ラ)17号 決定 1991年3月13日

抗告人 中山和美

主文

1  原審判を取り消す。

2  本籍○○市○△4丁目22番地、戸籍筆頭者中山利昭の戸籍中、和美の続柄欄に「二男」とあるのを「長女」と訂正することを許可する。

理由

第1本件抗告の趣旨及び理由

抗告人は、主文同旨の裁判を求めたが、その理由は、別紙記載のとおりである。

第2当裁判所の判断

本件記録(当審において抗告人の提出した資料も含む。)によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件申立てに至る経緯

(1)  抗告人は、昭和63年1月2日○○市立病院において父中山利昭、母中山恵理子間の第2子として出生した。出生時、抗告人は、外性器の形態が異常であったため、男女いずれとも性別判定が困難な状況であったが、重篤な鎖肛障害があり、早急にその改善を図る必要があったことから、出生に立ち会った産科医らは、抗告人の性別判定を留保したまま、抗告人を同病院の小児科に入院させた。

(2)  抗告人は、同病院小児科の小佐野医師らによって上記障害の治療を受けるとともに、治療期間中性染色体分析の検査を受けたところ、46XYとの検査結果が出たため、小佐野医師は、抗告人の性別は男性であると判断し、この旨担当産科医に連絡した。

他方、抗告人の診療にあたっていた産科の木下医師らは、抗告人の外性器の形態からして、抗告人が今後男子として発育並びに社会的な適応をなしていくことは困難で、女子として養育した方が適切であると考えていたが、小佐野医師から性染色体分析検査の結果抗告人の性別は男性と認められる旨の報告を受けたこと、当時出生届をなすべき期限が目前に迫っていたことや早急に出生届を出さないと抗告人が保険医療を受けられないといった事情があったほか、一旦出生届をなしても後日抗告人の性別を容易に変更できるものと誤信していた(木下医師は、これ以前性別判定困難な出生児を診察した経験がなかった。)ことから、抗告人の性別判定について泌尿器科の専門医との打ち合わせをしないまま、抗告人の出生証明書の性別欄に「男」と記載し、これを抗告人の父利昭に渡した。

(3)  抗告人の父利昭は、木下医師らに説明されるまま将来抗告人の性別が変更することがあっても、戸籍訂正は容易にできるものと誤信し、ただ、抗告人の名については男女いずれでも通用する「和美」という名を命名したうえ、昭和63年1月16日出生の届出をした。

(4)  その後、抗告人は排尿障害があったため、○○大学医学部付属病院泌尿器科の佐々木医師の診察を受けたところ、同医師は、抗告人について、外性器の形態からは男女いずれとも判定し難い外性器異常であること(生殖隆起は女性型で男児が有する尿道海綿体が欠如している。)、内性器の両側性腺は精巣で、明らかな子宮、膣は認められないが、会陰部には膣前庭、膣遺残があり(膣形成の際の開口部となりうる。)、尿道は女児としての長さを有すること、右腹部に巨大な膀胱があるとともに、外尿道口狭窄が認められ、そのため排尿障害を起こしていること、これらの外性器異常、排尿障害及び前記鎖肛の原因は、抗告人の脊椎管内に脂肪腫があり、その部位の神経が圧迫されて癒着し、そこから先に伸びる神経が正常に機能していないためであると考えられること、抗告人の排尿障害は相当重度で、自力排尿は困難で、人工的間欠的にカテーテルを外尿道口から膀胱へ通して導尿をする必要があり(導尿をしない場合、腎不全等に陥り、生命にかかわる恐れがある。)、そのためには抗告人の外性器を女性型に形成したうえ、現在の抗告人の女児としての長さを有する尿道を生かすことが最適であること(カテーテルを形成尿道に通すことは困難である。)、他方、抗告人の外性器を男性型に形成することは現在の医療水準からすると極めて困難であるうえ、仮に形成できたとしても、性交機能を有する男性型外性器は形成できないこと、さらに、そもそもカテーテルを形成された尿道に通すことは困難であるため、導尿作業自体に支障が生ずること、従って、抗告人の生命を維持するためには、抗告人に女性型の外性器を形成したうえ、女性として養育することが必要不可欠であるとの診断を下した。

そこで、佐々木医師は、以上の医学的な所見に基づき抗告人の父母と相談した結果、抗告人を女性として養育していくとの合意に達し、すでに抗告人の精巣を摘除するとともに、今後の診療方針として、抗告人に対し膣形成術、女性ホルモン補充療法等を段階的に行うことになっている。

(5)  また、抗告人の父母においては、佐々木医師の上記診断結果に基づき、抗告人を女性として養育することを決意し、そのような養育をなすとともに、戸籍上の記載を養育の実態と合致させるため、同医師の勧めに従い本件戸籍訂正許可の申立てをなしたものである。

2  医学上の性別判定の基準について

(1)  現在の医学上、性分化のプロセスについては、性染色体がXX(女性型)、XY(男性型)のうちどちらの構成をとるかが決定されると、それぞれ性染色体の構成に応じて未分化性腺が卵巣あるいは睾丸へと分化を開始し、分化の完了した性腺の働きにより内性器、外性器がそれぞれ女性型あるいは男性型へと分化するという経過をたどることが知られている。従って、正常な性分化が行われる場合(ほとんどの場合正常な性分化が行われる。)、<1>性染色体、<2>内性器の形態、<3>外性器の形態、<4>ホルモンの分泌について、男性はいずれについても男性型を示し、女性はいずれについても女性型を示すものであって、性別判定について特段問題が生ずることはない(外性器の形態から容易に性別判定が可能である。)。

(2)  しかし、性染色体の異常、ホルモンの異常、発生障害その他の原因により性分化に異常をきたした場合、上記<1>ないし<4>について、あるものは男性型を示すが、他のものは女性型を示すという場合が起こりうる。例えば、性染色体自体がXX、あるいはXYの構成をとらないターナー症候群(性染色体としてX染色体1本しか有しないため、外性器は女性型でありながら、内性器に卵巣をもたず、あるいは卵巣が顕著に萎縮しているもの)やクラインフェルター症候群(性染色体がXXYの構成となっていて、外性器は男性型となるが、思春期以降乳房が発達するなど女性型の体型となるもの)といった性染色体自体の異常のほか、性染色体は女性型のXXでありながら、内外性器はともに男性型であるもの(逆性)、同一人でありながら、精巣と卵巣の性腺組織を有するもの(真正半陰陽)、性染色体が男性型のXYで、性腺も精巣でありながら、外性器が女性型、あるいは男女どちらとも判定困難なもの(男性仮性半陰陽)などが性分化異常の例として広く知られている。

このような典型的な男性にも女性にも属さない場合(医学上は「間性」と呼ばれる。)、その性別を何を基準として決定するかについては、かつては医学上においても性染色体の構成を唯一の基準として決していたが、次第に性分化の異常に関する症例報告が増え、研究が進展するに従い、性染色体のいかんは唯一、絶対の基準ではないとされるようになり、現在の医療の実践においては、外性器異常を伴う新生児が出生した場合、異常の原因、内性器、外性器の状態、性染色体の構成のほか、外性器の外科的修復の可能性、将来の性的機能の予測等(これらの要素を考慮するのは、外性器異常を生涯にわたってもつことのハンディキャップ及び劣等感が甚大なものであるからである。)を慎重に勘案し、将来においてどちらの性別を選択した方が当該新生児にとってより幸福かといった予測も加えたうえで性別を決定し、その決定に基づいて外性器の形成、ホルモンの投与その他必要な医療上の措置がなされるという扱いが定着するようになってきている。

そして、このような医療の実践が社会通念、国民感情に照らして容認し難いほど不相当であると断ずることはできない。

(3)  前記1認定の事実によると、抗告人は、性分化の過程で異常を生じ、性染色体は男性型のXYで、精巣を有するけれども、外性器は尿道海綿体が欠如する男女中間型のいわゆる男性仮性半陰陽であったものと認められる。

抗告人の診療を担当した前記佐々木医師は、抗告人の性染色体はXYの男性型であるけれども、外性器異常を伴う抗告人については、<1>抗告人が尿道海綿体を欠如しているため、外性器を男性型に形成することは極めて困難であること、それにもかかわらず抗告人を男性として養育した場合、抗告人が外性器の形態の異常及び機能障害を有することによって受けるハンディキャップ、劣等感は甚大なものであること、<2>他方、抗告人の会陰部には膣前庭、膣遺残が認められ、女性型の外性器を形成する際の開口部になりうること、<3>そして何よりも、抗告人は生命にもかかわりかねない重篤な排尿障害を負っており、その治療としては、カテーテルを外尿道口から膀胱に通して間欠的に導尿することが必要であるが、そのためにはカテーテルを形成された尿道に通すことは困難で、抗告人の現在の女児の長さを有する尿道を維持することが必要であることなどの事情があるため、抗告人を男性ではなく、女性と判断したものである(佐々木医師は、このような判断に基づき、その後抗告人の父母の同意のもとに抗告人の精巣を摘除した。従って、今後抗告人の外形が男性化することはない。)。そして、抗告人の性別判定に関する上記佐々木医師の医療上の判断が不相当であるということはできない。

第3結論

以上説示したところによると、抗告人は女性でありながら、その戸籍には筆頭者との続柄が「二男」と表示されていることが認められるから、本件戸籍訂正許可の申立ては相当として認容されるべきである。

(付言するに、当裁判所の上記見解は決して恣意的な性転換による戸籍訂正を認めるものと解されてはならない。本件においては、抗告人の性別は、医師により純粋に医療上の見地から女性と判定されたものというべきであって、その間に抗告人あるいはその父母の恣意が働く余地は全くなかったものであるうえ、本件は確定した性別を他のものに故意に転換するというものではなく、いわば「性別が未確定」の段階であるのにもかかわらず、医療上の誤った報告に基づいてなした出生届出事項を後日判明した正しい性別に訂正するというのにすぎないものである。なお、出生届に関する戸籍実務においては、外性器の異常等により男女いずれとも判定困難な場合、その旨及び後日性別が決定したときに追完する旨を明記したうえ、戸籍筆頭者との続柄欄の記載を空欄として留保したままの出生届を受理する扱いになっているが、本件においても、このような手続をとれば何ら問題はなかったものである。)

よって、原審判を取り消したうえ、本件申立てを認容することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 仲江利政 裁判官 吉本俊雄 小池勝雅)

(別紙)

原決定は、抗告人の出生時の性別決定について、その判定基準に関する解釈、適用を誤り、抗告人の性別が女であるのに、これを男と誤認した違法があり、抗告人の戸籍の記載が不適法又は真実に反する場合に該当するから、戸籍法第113条により原判決を取消し、抗告人の戸籍上の性別を、「二男」から「長女」に訂正すべきである。

以下に、その理由を述べる。

第一人の性別の判定基準について

一 人の性の分類

人の性を社会的、法的に分類すれば、男女いずれかに区分されるけれども、生物学的、医学的、心理学的見地を加えて厳密に分類すると、次の6通りとなる。

<1> 性染色体による性

人の染色体は、XXという染色体の組合せを1対とし、22対(X染色体44本)までは、すべて司じ組合せとなり、23対目の染色体(性染色体)がXXであれば女であるとされ、XYであれば男であると、一般的には理解されている。

しかし、性染色体自体がXX型であっても、内性器、外性器とも男性型となっている場合があり、逆にXY型であっても女性器を備えている例もあり、23対目の染色体が1対に分離しないXOの人は、外見は女性であるが卵巣の発育が悪く、精神薄弱や耳の聞こえないことがあり(ターナー氏症候群)、22対目がXXであり23対目がYのみである場合、すなわちXXYとなっている人は、外見は男性であるが、精巣が発達せず精子を形成しないうえに、女性型の乳房を呈し、精神年齢の発達が遅れる(クラインフェルター氏症候群)等の例があり、XX型か、XY型かというのは、生物学的レベルでの性分化を表すにしか過ぎず、身体的性徴に何らかの異常を持つ人の性別を判定する唯一絶対の基準とはなり得ない。

<2> 性腺(内性器)による性

人の精巣、生殖腺、卵巣、子宮等が存在することによる男女の区別であるが、身体的性徴に異常を持つ人に対しては、性別判定の決定的な基準となり得ない。

<3> 外性器の形態(身体表現型)による性

人の陰茎等が存在することによる男女の区別であり、一般的には出生時にその存在の正常であることが、外見上明らかであれば、他の性を検討することなく、これによって性別を判定しており、特に問題を生じない。

しかし、外性器の形態、機能に異常がある場合、外性器の有無が判別し難い場合等には、性別判定につき他の性の検討が必要となる。

<4> ホルモン活動による性

人の先天的な男性ホルモン、女性ホルモンの分泌量、後天的なホルモン投与による男性化、女性化によって生じた性の区別であり、これのみによって性別を直ちに区別することはできない。

<5> 社会的、法的な性

人の外観、社会生活、戸籍上の性別等による男女の区別であり、真実の性別判定の決定的基準ではないが、後述するとおり、出生時から身体的に異常な性を持つ人に対しては、社会適応の見地から重視すべき基準となる。

<6> 心理学的な性

多くの人は、自己の肉体上の性別を知覚し、これに適合した社会生活を経て行くが、肉体上の性分化に異常がないのに、意識的又は無意識的に、自己が肉体上の性別と異なる性に属しているとの確信を抱いている人(変性症、性転向症)の望む性であり、もとより性別判定の決定的基準とするには疑問がある。

二 正常な性を持つ人の性別判定基準

正常な性を持つ人とは、出生時から前記分類<1>ないし<3>のすべてを有し、とりわけ<3>が何ら異常なく存在することが、外観上一見して明白な場合であり、一般的にその判定は、第1次的には出産時に介助した医師、助産婦の判断に委ねられる。

大多数の出生児は、<3>の点のみから性別の判定がなされ、<1>及び<2>の検討もされないことが通常であり、経験則上この点の判定だけで、過誤を生じることは稀有であるから、右の判定による出生証明書が作成され、生後14日以内(戸籍法第49条)にこれを添付して出生届がなされる。

三 異常な性を持つ人の性別判定基準

1 異常な性を持つ人とは、出生時から前記<1>ないし<3>のいずれかに、正常でない徴候、例えば性染色体の異常(前掲<1>)、内性器(同<2>)又は外性器(同<3>)の形態、機能に、異常、奇形、存否不明等があった場合をいい、講学上「間性」といわれている。

前述したターナー症候群、クラインフェルター症候群、XXY症候群、真正半陰陽、男性仮性半陰陽、女性仮性半陰陽などがこの例であり、生物学的レベルにおける性分化の異常であって、前掲<6>で述べた変性症、性転向症とは全く異なる。

抗告人の場合は、右の男性仮性半陰陽に該当する。

2 間性の場合には、出生時に直ちに男女いずれかの性に特定することが著しく困難である。

間性の出生児は、前記<1>ないし<3>のいずれかに異常がある場合であるから、前述した出生時に正常な性を持つ人の性別判定基準を、そのまま適用することはできない。原判決は、この点を看過し、正常な性を持つ人の性別判定基準を、間性である抗告人にそのまま適用する誤りを犯している。

間性の場合の性別判定は、<1>ないし<3>に当てはまるか否かの問題ではなく、出生児が機能的又は形態的に、男女いずれかの性により近付けられるかとの観点から、出生当時の医学的知見に基づく調査、検討、社会適応の判断を経て、最終的に確定されなければならない(大島俊之「性転換と戸籍訂正」法律時報55巻1号202頁参照)。

間性の出生児は、性に関する機能的又は形態的障害を必ず伴っているから、障害の治療・除去が可能であれば治療・除去後の機能、形態につき、<1>ないし<3>又はそのいずれかにしたがい性別を確定し、障害の治療・除去が不可能又は著しく困難であれば、<1>ないし<3>に関わりなく、医学的により近付け易く、社会適応がより容易な性を性別として、社会的、法的に認知し確定すべきである。

3 人は、幼児期、学齢期を経て、就職、婚姻等の長期間の社会生活を過すが、すべて男女いずれかの1つの性別を基礎とし、人生を送るのであり、戸籍上の性と実生活の性とが相反するときは、耐え難い精神的苦痛を受け続け、本人はもとより近親者にとっても悲惨な人生となることは、多言を要しないほど明白である。間性の出生児に対し、<1>ないし<3>の分類によって届出られた戸籍上の性のままで、異なる性による実生活を送らせることは、悲惨な人生を強要することに等しい。

間性の出生児が出生直後に届出た性が、医学的、社会的にみて、将来の実生活に適応し得ない性であるときは、法的に評価すれば、戸籍上の性が不適法であり、又は真実に反し又は錯誤があるものと解すべきであって、このように解することは条理に適い、人の生存権、幸福追求権を宣言した憲法の精神にも合致する。

恣意的な性転向を試みている芸能人のような性別変更に関する戸籍訂正が、みだりに許されないことはもとより当然であるが、間性の出生児の性別変更は、前述した異常な性を持つ人の判定基準をみたす限り、当初の性別判定が誤っていたのであり、戸籍訂正を許容されるべきである。

ちなみに、仄聞するところによると、東京家庭裁判所においては、間性の人に対する性別変更の戸籍訂正認容例が、比較的多いとのことであり、同家裁昭和38年5月27日審判では、男性仮性半陰陽であった者の戸籍を、「長女」から「長男」に訂正することを、許可した事例が報告されている(田中加藤男「戸籍訂正に関する諸問題の研究」司法研究報告書16輯3号256頁)。

第二間性の出生児の出生届等について

一 出生児の性別につき、第1次判断権を有する医師、助産婦は、多くの場合正常児のみを取扱い、間性の出生児を取扱った経験者が極めて少ない。

また、間性の出生児の性別判定に知見を有する専門医の数も少ないから、初めて間性の出生児を取扱った医師は、<1>の性染色体検査結果を重視することとなる。

しかし、間性の出生児の性染色体が、XX型かXY型かは、前述したとおりXX型でも男性器、XY型でも女性器を備えている例さえあるから、性染色体を重視して性別を決定すること(名古屋高裁昭和54年11月8日決定、家裁月報33巻9号61頁)は、誤りである。

抗告人の出生届に添付された○○市立病院木下太郎医師作成の出生証明に、抗告人が「男」とされたのは、性染色体検査結果を重視したためであり、間性の出生児の性に対する専門医としての医学上の知見、将来の社会適応に対する配慮を欠いた真実に反する記載と評価すべきである。

二 出生時から異常な性を持つ人の性別決定は、その確定までにある程度の検査、検討期間を必要とし、戸籍法に定める14日以内の届出期間に間に合わない場合が多い。

しかし、右の届出懈怠によって過料の行政罰があるばかりでなく、異常な性を持つ出生児は、ほとんどが何らかの身体的障害を伴っているから、これら障害の治療費は、手術費用等を含めて極めて高額となり、社会保険の適用を受けない限り、親権者らの経済的負担の限度を起えることとなる。

ところが、出生児の場合は、出生届を経ない以上、社会保険適用がなされないという問題があるため、医師側、親権者らは後日性別変更が容易にできるとの誤った知識に基づき、性染色体検査によって、出生児の性別を拙速的に判定し、出生証明を作成して出生届出をすることとなるのである。

抗告人の出生届も、右と同様の経緯により提出されたものであり、このような出生届は真実に反し、錯誤によるものであり、無効であるというべきである。

なお、出生当時男女の性別を判定できないため、出生証明が作成不能であり、同証明を添付できない出生届、又は性別欄の記載がなされていない出生証明を添付した出生届であっても、監督法務局長の指示により、追完を前提として出生届は受理される扱いとなっている(昭和23年12月1日法務庁民事局長回答民事甲1998号)が、本件出生証明の作成に関与した医師ら及び抗告人の両親は、このような知識を有しなかった。

第三抗告人の性別について

一 出生時の状態

1 抗告人は、市立○○病院産婦人科において、昭和63年1月2日午前零時46分ころ出生したが、外性器の形態が異常で、陰茎の存否が確認できず、立ち会った医師が一見して男女の性別を判定できなかった。

しかも、抗告人は肛門が閉じている鎖肛の障害があったため、緊急にこれを改善する必要があったことから、通常は出生時になされる性別決定を保留し、同病院小児科へ切替入院させ、同科において直ちに人工肛門造設手術を行い、同時に性染色体検査をした。

2 新生児の場合、卵巣、精巣、生殖腺等の内性器を精査することは、著しく困難であったことから、抗告人の内性器は確認されないまま推移し、性染色体検査ではXY型を示したことから、同病院小児科医側は、より知見を有する専門医療機関に何ら照会することなく、抗告人を男性仮性半陰陽と判断し、性別を男と判定した。

右連絡を受けた同病院産婦人科医においても、抗告人が将来男児としての機能、形態を発育させ得るかに疑問を持ち、女児とした方が社会適応し易いのではないかとの疑念を抱きつつも、前記小児科医の判定にしたがい、抗告人を男とする出生証明を作成した。

二 出生届等の経緯

1 抗告人の両親は、医師らから抗告人の肉的異常を聞き、出生届提出後に戸籍上の性別を変えることも可能である旨の説明を受け、これを信じて届出期間最終日である昭和63年1月16日前記出生証明を添付して、抗告人の名を和美とし「二男」としての出生届を提出した。

出生届が所定の期間内になされたのは、右の医師の説明のほか、抗告人の父が○○市役所職員でありながら、届出期間徒過により過料に処されるのを避けたいこと、抗告人の前記障害に対する治療費が嵩むので、経済的負担を軽くするため、早期に出生届を出し、社会保険の適用を受けたいことからであった。

2 抗告人の両親は、抗告人の戸籍上の性別を一応男としておいても、抗告人が将来女児として成育する場合を考え、男女いずれにも通用する「和美」の名を選び、女児として成育する場合は、戸籍上の性別をそのように訂正できると考えていた。

三 その後の経緯

1 抗告人の両親は、市立○○病院医師らの奨めにしたがって、昭和63年4月ころ間性に関しても専門的知見を有する○○大学医学部付属病院(以下「○大病院」という。)泌尿器科に抗告人を受診させ、同月25日同科に入院させて、以後、各種の検査、検討、加療を求めた。

その結果、抗告人に関して、以下の諸点が判明した。

(一) 外性器の形態が、男性型(陰茎)か女性型(膣)か判然としない重症の外性器異常であること、外性器の生殖隆起状態及び尿道の長さは女性型であり、男性器を形成する尿道海綿体が欠如していること。

(二) 内性器の両側性腺は精巣であり、明らかな子宮、膣を認めないが、会陰部には膣前庭、膣遺残が認められること。

(三) 右腹部に巨大な膀胱があり、かつ外尿道口狭窄が認められ、高度の排尿障害を有すること。

(四) (一)ないし(三)の原因は、背椎管内の仙骨部位付近に脂肪腫があり、これが付近の神経を圧迫し、癒着させているため、膀胱を中心とする神経が正常に機能しなかったことによるものと推定されること。

2 現在の医療水準からみて、右の諸点に関する最も適切な治療方針は、以下のとおりである。

(一) 外性器に関しては、尿道海綿体が欠如しているため、新たな尿道、陰茎の形成が不可能又は著しく困難であり、しかも外尿道口狭窄による排尿は、その都度カテーテルを外尿道口から膀胱へ入れることが必要であり、仮に新たな尿道を形成すればカテーテルを挿入するのに支障を生じ、現在の女性型の尿道の長さが最適であること。

(二) 外性器の生殖隆起状態及び会陰部の膣前庭、膣遺残が認められることから、膣開口部の形勢が比較的容易であること。

(三) 性染色体がXY型であるけれども、早期に精巣を摘出し、女性ホルモン補充療法を行い、発育に伴って膣形成術、外性器形成術を実施すれば、妊娠、出産等を除き、女性としての一応の社会生活を送ることが十分可能であり、逆に、医療水準からみて、不可能又は著しく困難とされる男性型外性器形成等を実施しても、男性としての社会適応ができない蓋然性が高いこと。

○大病院泌尿器科では、間性について専門的知見を有する泌尿器科医らが、諸般の検討協議を経た結果、以上の治療方針を決定し、抗告人の両親に説明して承諾を得たうえ、昭和63年5月16日精巣摘出術を施行し、今後徐々に膣形成術、ホルモン補充療法等を実施する予定である。

四 抗告人の成育状況等について

抗告人は、男女両性に通用する「和美」と命名され、以後女児として育てられており、近隣の人々、親類縁者達に対しても、女児として紹介し、女児として扱われている。

排尿は、母親らがカテーテルによる導尿で処理しているが、既に一人歩きができる状況となり、日常生活では、すべて女児としての会話、立居振舞をするよう躾けられていて、抗告人の両親は今後もこの方針を貫く決意である。

抗告人の両親は、抗告人の出生届提出を早まったことを悔いており、性別変更を悲願とし、変更許可があった場合には、抗告人の成長後も出生時の秘密を秘匿し続ける決心をしている。

第四原決定について

原決定が抗告人の性別を男と認定した根拠は、前述したとおり、性染色体、生殖腺、内性器の形態等のみであり、正常な性を持つ人の判定基準を、そのまま適用し対比している。

しかし、出生時から形態的、機能的に異常な性を持つ抗告人に、右の判定基準を適用したことは、明白な誤りであり、医学上の知見、社会適応の具体的妥当性に基づく性別判定がなされるべきである。

さらに原決定は、抗告人の外性器異常(外性器の形態が一見男性型か女性型か明らかでない。)を認定しながら、「性染色体はもとより、その他においても女性として何らかの身体的特徴を備えている訳ではないことが認められる。」と認定しているが、前段部分の認定は正当であるけれども、右の認定は性別が男であることを否定する根拠となるのに、この点の理由を示さず、しかも後段部分は明らかに事実誤認である。

抗告人は、前掲第三、一、1、(一)及び(二)のとおり、生殖隆起及び尿道の長さが女性型であり、会陰部に膣前庭、膣遺残が認められているのであるから、女性としての身体的特徴をも備えているのであって、原決定はこの点を看過している。

結局、原決定は、生物学的な分化を表すにしか過ぎない性染色体検査結果及び精巣の存在を主たる理由として、抗告人の性別を男と判断したにとどまり、抗告人が出生時から外性器の異常を有すること、重症である排尿障害を除去するには、出生時の女性型の尿道を維持するしかないこと、その他の女性としての身体的特徴を備えていること、将来男性としての社会適応は不可能に等しいが、女性としての社会適応は比較的容易であること等を、不問に付した事実誤認、理由不備の違法があり、取消を免れない。

以上述べてきたとおり、抗告人の性別は女であり、続柄を「二男」とした戸籍の記載は不適法であって、真実に反し又は錯誤によるものであるから、原決定を取消、当審において抗告人の続柄を「長女」とするのが相当であり、その旨の決定がなされるべきである。

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